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広島地方裁判所 昭和49年(行ウ)18号 判決

昭和四九年(行ウ)第一八号、同第一九号事件原告 内藤稔

右訴訟代理人弁護士 外山佳昌

昭和四九年(行ウ)第一八号、同第一九号事件被告 能美町

右代表者町長 川崎一男

右訴訟代理人弁護士 角田好男

主文

昭和四九年(行ウ)第一八号事件について

被告は原告に対し、金一万円及びこれに対する昭和四九年九月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

昭和四九年(行ウ)第一九号事件について

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一双方の申立

昭和四九年(行ウ)第一八号事件について、原告は、主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

昭和四九年(行ウ)第一九号事件について、原告は、「被告は、原告に対し金一万円及びこれに対する昭和四九年九月一四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二双方の主張

(昭和四九年(行ウ)第一八号事件について)

一  原告の請求原因

(一)  原告は、賛同者と共に部落解放同盟広島県連合会能美支部(以下、解同能美支部という)結成を計画し、昭和四九年六月一五日に右結成大会を行なうため、能美町長に対し同月一二日付で能美町大字鹿川所在の鹿川隣保館(以下、隣保館という)の使用許可申請をなしたが、能美町長は同日付で隣保館の使用不許可の処分をなした。

(二)  しかしながら集会の自由は憲法二一条により保障されているのみならず、隣保館は、もともと原告のような同和地区の住民を対象とした同和対策事業の一環として同和問題解決のために設けられた場所であるから、原告に対し使用を許可しない正当な理由があるとは到底いえず、従って能美町長のなした右不許可処分は故意または過失に基づく違法な処分であるという外ない。

(三)  原告は、公権力の行使に当たる能美町長の違法な不許可処分によって多大の精神的苦痛を蒙ったから、本訴において慰藉料の内金として被告に対し一万円を請求する。

(四)  よって原告は、被告に対し損害賠償として一万円及びこれに対する昭和四九年九月一四日(本件訴変更申立書送達の翌日)から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。同(二)、(三)の事実は争う。

(二)  能美町においては、部落解放運動を円滑に推進するための組織として「住みよい町をつくる会」がすでに結成されており、「住みよい町をつくる会」の会員及び地元住民は、原告らによる解同能美支部結成に強く反発し、能美町長に対し原告の隣保館使用を許可しないよう求める者が多数であった。

従って、能美町長が原告に対し隣保館の使用を許可するときは、原告らと「住みよい町をつくる会」の会員及び地元住民とが衝突し、相当の混乱が生ずることが予想され、これによって人的及び物的被害の発生する明白かつ現在の危険があり、ひいては隣保館の館務に支障を生ずるおそれがあったため、能美町長は、隣保館運営委員会に諮問したうえ原告の使用を不許可としたのであるから、その不許可処分には何ら違法がない。

(昭和四九年(行ウ)第一九号事件について)

一  原告の請求原因

(一)  昭和四九年(行ウ)第一八号事件における原告の請求原因(一)記載のとおり、能美町長は、原告による隣保館の使用を不許可とする処分をなした。

(二)  原告は、右不許可処分に対する抗議集会を昭和四九年六月三〇日に行なうため、同年六月一七日付で能美町教育委員会に対し、鹿川小学校校庭及び体育館(以下、鹿川小学校という)の使用許可申請をなしたが、同教育委員会は、同月二〇日付で使用不許可処分をなした。

(三)  しかしながら、右能美町教育委員会のなした不許可処分は、集会の自由を保障した憲法二一条に違反する違法なものであり、その違法は公権力の行使に当たる同教育委員会の故意または過失によるものであるから、被告は、原告に対し能美町教育委員会のなした違法な処分により原告が蒙った損害を賠償する義務がある。

(四)  しかして原告は、本訴において原告の蒙った精神的苦痛に対する慰藉料の内金として被告に対し一万円を請求する。

(五)  よって原告は、被告に対し損害賠償金一万円及びこれに対する昭和四九年九月一四日(本件訴変更申立書送達の翌日)から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は認める。同(三)、(四)の事実は争う。

(二)  学校施設は、学校が学校教育の目的に使用する場合を除く外、使用してはならない(学校施設の確保に関する政令三条一項)ところ、原告による鹿川小学校の使用目的は、隣保館使用不許可に対する抗議集会のためというのであるから、右は学校教育とは無関係であり従って能美町教育委員会が、原告の鹿川小学校使用許可申請を不許可にしたことは何ら違法ではない。

(三)  のみならず、昭和四九年(行ウ)第一八号事件において述べたとおり、能美町においては、原告らによる解同能美支部結成に反対する者が多数であって、集会阻止のため実力をも辞さない態度を表明しており、能美町教育委員会へも鹿川小学校を原告らに貸さないでほしい旨の強い要望が寄せられていた。

従って能美町教育委員会が原告に対し鹿川小学校の使用を許可すれば、集会開催により学校教育の場である小学校において大きな混乱が起きる明白かつ現在の危険があり、またそのことによる児童への精神的影響を考えると、小学校を原告らに使用させることは相当でなく、また小学校は、子供らにとって唯一の安全な楽しい遊び場であり、これを奪うことは適当でないから、能美町教育委員会が、かかる事情を考慮して原告の鹿川小学校使用許可申請を不許可としたことには何ら違法がない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一、昭和四九年(行ウ)第一八号事件について

(一)  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、以下能美町長のなした隣保館使用不許可処分の適否について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、被告は、能美町鹿川に同和地区及びその近隣地域の住民の生活の社会的、経済的、文化的改善向上及び同和問題のすみやかな解決に資することを目的として隣保館を建築し、昭和四〇年三月これを開設したこと、隣保館においては右目的達成のための事業を行なうことの外、集会に使用させることを予定し、その使用の許否の権限を能美町長に与えていること、ところで、能美町鹿川地区においては、地域に即応した調和のある部落解放運動を推進することを目的として、昭和四六年一〇月に「住みよい町をつくる会」が結成されていたが、原告らは、「住みよい町をつくる会」の活動方針に不満を抱き、部落民に対する封建的身分差別とそれに伴なう社会関係及び生活状態から部落民を完全に解放することを目的として、解同能美支部を結成しようとし、結成大会の会場として隣保館の使用方につき、昭和四九年三月一五日頃より能美町当局と交渉していたこと、能美町においては従来営利を目的としない団体による隣保館の使用を拒んだことはなかったが、能美町長は、地元住民の多数が、原告らによる解同能美支部の結成は能美町に現存する「住みよい町をつくる会」の活動方針に反する部落解放同盟の組織拡大の方針に基づく能美町への侵入で、地域住民の団結と調和を破壊し混乱を招くものとして隣保館の使用許可に反対する旨の要望書及び誓約書を町当局に寄せたことや町長が隣保館の使用許可の可否を諮問した隣保館運営委員会(昭和四九年六月七日開催)においても、隣保館の使用が許可されれば地元漁協が実力で集会参加者を排除する等の強硬な発言がなされ、結局使用を許可すれば隣保館の円滑な運営を欠くこととなるので原告の許可申請を却下すべきである旨の答申がなされたことから、地元に混乱を招くとして原告らによる隣保館使用を不許可としたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、憲法二一条に規定する集会の自由は、言論及び出版の自由と共に表現の自由の一形態をなすものであり、かかる自由は、民主政治の根幹をなす基本的人権であって可能な限り尊重されるべきものであるから、集会のための使用を予定する公的施設においてこれを事前に規制することは、集会が行なわれることにより明らかに公共の安寧秩序を不当に侵害するさし迫った危険、すなわち公共の安全に対する明白かつ現在の危険が存する場合に、公共の福祉の見地から必要かつ最少限度に許されるに過ぎないものと解すべきである。

その点に関し被告は、本件集会が行なわれれば、人的・物的被害が発生する明白かつ現在の危険があった旨主張するが、≪証拠省略≫のうち右主張に沿う部分は、≪証拠省略≫に照らしにわかに信用できないし、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。むしろ≪証拠省略≫によれば、原告らと町当局との隣保館使用に関する交渉の際にも暴力行為が行なわれたことがないこと、その後のことではあるが、原告らが隣保館使用不許可に抗議して昭和四九年六月三〇日能美町において行なった抗議集会及びデモ行進も原告らが要請した警察力により一部地元住民による妨害の動きが防がれたため平穏裡に行なわれたことが認められ、これらの事実から推すと原告による隣保館使用に対する地元住民の反対運動、それによる混乱は、能美町当局による住民の説得、原告らの自重等により避け得たであろうことがうかがえるから、原告らによる隣保館の使用により公共の安寧秩序を不当に侵害する明白かつ現在の危険が存したものとは到底いえない。

従って能美町長が原告に対し隣保館の使用を不許可としたことは憲法二一条に違反する違法なものという外ない。

(二)  憲法二一条に規定する集会の自由が民主政治にとって極めて重要な基本的人権であることは先に述べたとおりであり、従って能美町長としては、隣保館の運用に当たってはいやしくも集会の自由を不当に侵害することのないよう慎重にこれを執行すべき職務上の注意義務があることは明らかであるが、前記(一)で認定した事実によれば、能美町長は、地元民の動きからして解同能美支部の結成大会が隣保館で行なわれることにより、既存の「住みよい町をつくる会」及び地元住民との間で混乱を生ずるおそれがあるとし、公共の安全に対し明白かつ現在の危険があるか否かを慎重に検討することなく、漫然原告による隣保館の使用を不許可とし、これによって原告らの集会の自由を不当に侵害したものと認められるから、隣保館の使用不許可につき能美町長には少なくとも過失があるということができる。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、原告らは能美町長がなした隣保館使用不許可処分によって解同能美支部の結成大会を挙行することができなくなったことが認められるから、これによって原告が多大の精神的苦痛を受けたことは想像に難くなく、その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰藉料としては、原告主張の一万円を下らないものと認めるのが相当である。

(四)  しかして原告に対する隣保館の使用不許可処分は、被告の公権力の行使に当たる能美町長がその職務の執行としてなしたものであることは明らかであるから、被告は、原告に対し国家賠償法一条に基づき右損害額一万円及びこれに対する昭和四九年九月一四日(本件訴変更申立書送達の翌日であって、この点は記録上明らかである。)から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二、昭和四九年(行ウ)第一九号事件について

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  ところで、学校施設は、もともと学校教育に必要な施設で原則として学校教育の目的以外に使用されることを予定しておらず、法令(社会教育法四三条ないし四八条、公職選挙法一六一条、地方自治法施行令一〇七条等)に基づくか、管理者又は学校長(以下、管理者等という)の同意を得た場合のみ例外的使用が許されるにとどまるところ(学校施設の確保に関する政令(昭和二四年政令三四号)参照)、原告による鹿川小学校使用許可申請の目的は、能美町長がなした隣保館使用不許可処分に反対する抗議集会を行なうためであるから、管理者等の同意がない限り、その使用は許されないものというべきである。しかして一般に管理者等が集会のための学校施設の使用について同意を与えるか否かは、学校施設がもともと学校教育の目的に供されるべきもので、一般人による集会を予定した施設ではないことから、原則として当該管理者等の裁量に委ねられているものと解するのが相当である。もっとも集会の目的からみて社会通念上学校施設の使用が不相当でなく、他の場所で集会を行なうことが困難である場合で、しかも学校施設を集会に使用させても、学校施設に物的支障が生ぜず、また児童に対し格別精神的悪影響を与えるおそれがない場合においては、学校施設の使用を許可するのが相当であって、かかる場合になお管理者等が学校施設の使用につき同意を与えないとすれば、管理者等に委ねられた裁量権の範囲を逸脱した違法なものとなるというべきである。

これを本件についてみるのに≪証拠省略≫によると、集会の目的が学校施設の使用を相当とするか否かは別として、原告らは解同能美支部結成大会に予定していた隣保館の使用が不許可となったため、その抗議集会を行なうこととしたが、右集会には約二、〇〇〇人の参加が予定されており、能美町においては学校を利用する外なかったこと、しかし前記一の(一)で認定した事情と同様の事情により能美町の地元住民が原告らの鹿川小学校の使用に反対し、地元住民の一部には実力で原告らの集会を阻止しようとする動きがあり、更には児童の登校拒否も辞さない構えをとった者もあったこと、原告らが集会を予定した昭和四九年六月三〇日は日曜日ではあったが、能美町においては学校の外、児童にとって適切な遊び場がないため、日曜日にも児童が学校を利用することが多く、原告らが集会を予定した日にも児童が学校へ集まる可能性があったこと、そこで鹿川小学校の管理者である能美町教育委員会は、住民の要望を無視して原告らに対し鹿川小学校の使用を許可すると、学校教育に対する住民の不信感を増大させ教育行政上支障が生じることや、児童に対する影響を考慮して、昭和四九年六月二〇日の同委員会会議において、(1)地元住民の大多数の強い要望を尊重、(2)使用許可すれば大混乱が学校教育の場でおきることが予想される、(3)混乱を生じた場合は、児童への精神的影響が大きい、(4)町内の小学校校庭は日曜日には子供らにとって唯一の楽しく安全な遊び場であること、を理由として原告に対する鹿川小学校の使用不許可を決定し、その旨原告に通知したことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしてこの認定事実からすると、原告らとしては、隣保館の使用が不許可となった以上、鹿川小学校を利用する外その抗議集会を行なう途がなかったとはいえ、能美町教育委員会が鹿川小学校の使用を許可した場合には、地元住民の反対運動による混乱を避け得たとしても原告らの集会目的が隣保館の使用不許可に対する抗議集会というのであるから、原告らと地元住民との間で多少の怒号、小ぜり合いが生ずるおそれがないとはいえず、かかる事態が発生した場合には児童に対し精神的に好ましくない影響を与えるであろうことは容易に推測されるから、能美町教育委員会がなした原告に対する鹿川小学校の使用不許可処分は、原告主張の、集会の自由の高度な重要性を考慮にいれても、なお裁量権の範囲を逸脱したものと認めることはできず、同委員会がその裁量権の範囲内でした適法なものということができる。

してみると、原告が能美町教育委員会による使用不許可処分を違法として被告に対し損害賠償を求める請求は、他の点の判断をまつまでもなく理由がないことに帰する。

三、結論

以上の説示によると、昭和四九年(行ウ)第一八号事件における原告の請求は理由があるからこれを認容し、昭和四九年(行ウ)第一九号事件における原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

なお、昭和四九年(行ウ)第一八号事件における仮執行の宣言については、その必要がないと認められるから、これを付さない。

(裁判長裁判官 森川憲明 裁判官 下江一成 山口幸雄)

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